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自分らしい「働き方」を見つけた人たちへのインタビュー

Talks #002 /

自分がテクノロジーの変革をグローバルに仕掛ける側にまわりたいと思い始めた。

Juniper Networks, Inc : 曽根原春樹

Juniper Networks, Inc : 曽根原春樹

PROFILE

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PROFILE

■曽根原春樹氏とは

シリコンバレーのJuniper Networks, Incで働くプロダクトマネージャー。学生時代の専攻は文系、留学経験もなし。米Cisco systems日本法人への入社を機に本格的にエンジニアとしての勉強を始める。その後米Peribit Networks日本法人の立ち上げに参画、Juniper Networksに同社が買収されたのがきっかけとなり渡米。Juniper Networks All US regionでTop 5 テクニカルサポートエンジニア、本社Executive BriefingにおけるTop 10 speaker に選ばれるなど、意欲的なチャレンジを行なっている。

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シリコンバレーで働くプロダクトマネージャー。2006年に渡米し、通信機器を作るJuniper Networks, Incでソフトウェアのプロダクトマネジメントを担当。個人のブログではシリコンバレーで働く様子や生活の情報発信も行っている。そんな曽根原さんのシリコンバレーで働き方についての考え方をご紹介します。

 

プロフェッショナルとして、シリコンバレーという本場で戦ってみたいと思った。

ーシリコンバレーでエンジニアを目指すようになったきっかけを教えてください。

曽根原さん(以下,敬称略) もともと海外に出たいという気持ちは学生の頃からずっとありました。でもそれをキャリアとしてどうやって実現するかのイメージは全然ぼやけていたんです。ITの世界に飛び込むとかも考えてなくて、でもどうにかして世界に出たいって気持ちは小さいころからあったんですよね。あるときは外交官や国際公務員、あるときは料理人とか色々道を探っていたのですが、いろいろ紆余曲折があって最終的にはITの世界に飛び込みたいっていう方向性に固まりました。でもそれも大学に入ってからなんです。なので実は大学は文系だし留学経験も一切ないんですよ。

ーそれはとても意外です。では大学生の頃に「ITの世界で海外に飛び出す」という意志が固まったわけですね。

曽根原 そうですね。海外に飛び出す方法として、日本の会社にいて駐在員として海外へ出て行くってやり方もあるとは思ったんですが、もっとプロフェッショナルとしてがっつり戦うフィールドに行きたいと思ったんです。自分の中で、「プロ」として研ぎ澄まされたスキルや能力を持って、働くことに憧れを持っていました。自分はもともとサッカーが好きなんですが、ちょうど大学2年生あたりで就職を考えだすときに、中田英寿がイタリアのペルージャに移籍をしたんです。それで、彼がデビュー戦でいきなり2ゴールをたたき出した。それを見て、「日本人のプロがこれだけ世界を驚かせることができるんだ!」という衝撃があって、やるんだったらそれくらいインパクトを残す仕事をしたいって思うようになったんですね。そこから、ITの世界でプロとして生きることと、海外に出ていきたいって気持ちが交差していきました。

ーITの世界で働くことを決めたきっかけなどはありますか?

曽根原 ITの世界に興味を持ち始めたのは、ちょうどYAHOO ! が日本で出始めた1996年頃です。あらゆる情報が瞬時に得られるインターネットって仕組みが面白いなって思い始めて、ただそれがどういうふうに進化していくかまでは当時分からなかった。でも大学卒業後に、米シスコシステムズ日本法人でインターネットの仕組みを作る側の仕事をするようになり、いろんなとこでテクノロジーが世の中を変えていくのを目の当たりにして、これは面白いと感じた。そのうち、なんかもうちょっと大きなことできそうだなと。そしたら、やるんだったら本場でやりたい、それはシリコンバレーだと思い始めたんです。そしていつかはシリコンバレーに行かなきゃだめだと思うようになっていました。どこかのタイミングで、自分がテクノロジーで世界に変革を仕掛ける側にまわりたいという気持ちに変わっていったんですね。それは今も自分のモチベーションだったりします。

その場所を選んだのは自分なので、自分でどうにかするしかない。

ー実際どのくらいの時間働かれていますか?

曽根原 今自分が所属している部署は、グローバルに助けを求められる部署なんです。だから夜中に電話会議をすることもあります。トータルで言うと8時間以上働いてたりしますが、基本的には夕方5時には帰って家族と過ごして、そこからまた夜に仕事したりします。こちらは6時をすぎればほとんど誰もオフィスにいなくなりますしね。でもそれは会社によりけりだと思います。例えばgoogleやfacebookのような会社は、会社で寝泊まりできるくらいのアメニティがあるから会社に住み着いちゃう人もいるみたいですし。でも彼らは別に苦しいと思ってやってるんじゃなくて、それが楽しいと思ってるからやってる。気づいたら夜中になっちゃった、みたいな。好きだからやってる部分がほとんどだと思います。

ー会社に対しての不満はありますか?

曽根原 不満は誰しもあると思うけど、でも結局その場所を選んだのは自分なので、自分でどうにかするしかないんですよね。” You play with the cards you’re dealt… whatever that means.”という言葉がありますが、与えられた環境の中で結果を出すしかないので、嫌だったら出てけよって話になるんです。だから特に会社に対しての不満はないですよ。しかも、こちらでは実力があればいくらでも転職ができます。ひとつの会社に長く留まることはなくて、だいたい3年くらいだと思います。でもその実力って言う言葉の「実力」の意味が、非常にハードルが高く簡単な話じゃないけどって話で。(笑)場所柄、できるやつが集まるので当然ですよね。

ー世界中からスペシャリストが集まるシリコンバレーで働くためには、どんな人が向いているかなどありますか?

曽根原 もしまったり働きたいっていう意識があったら、シリコンバレーには来ないほうがいいですね。何もかもが短期間でくるくる変わる、新しいテクノロジーやコンセプトをグローバルのレベルで創造することに面白みを感じるのであれば、来たほうがいいです。あとは相手と比べて実力でちょっと劣っても、メンタルの部分で絶対負けないこと。

 

日本で働いていたときは、空気を読まずには仕事できなかった。

ーJuniper Networks社には世界各国から様々な人種が集まっていると思いますが、文化の違いや壁を感じることはありますか?

曽根原 アメリカ人は、何でもかんでも喋りたがります。一方で日本人やインド人、一部の中国人などは少ない表現しかせずに「あとは言ってることの裏をとってね」みたいなところがあります。そういうところで結構コミュニケーションギャップを感じたりはしますね。 例えばインド人の同僚と話しているときに、彼から説明を受けて「これはきっとこういうことを言っているんだろうなぁ」と思って僕がちょっと勝手に解釈しちゃって、それを確認しなかったことがあった。そうしたら後々、もうちょっと裏があることが分かって慌てたということがあったんですね。 でも、アメリカ人と話してるときってそんなギャップを全く感じない。というのは、アメリカ人は1から100まで何でも喋ってくれるところがある。一方でインド人と話すときは、彼らは1から30くらいまでしか話さなかったりするので逆にこちらから残りの70を話させるしかない。人種によってのコミュニケーションギャップは感じますね。

ー多種多様な人種の中の仕事は、日本で働いたときよりやりやすいと感じますか?

曽根原 日本であってもUSであっても、自分としては己を適応させるだけ。USが一方的に良いということでもないですよ。日本で働いてたときって、どうしても、まわりの目をすごく気にする。なんか、空気を読むことに神経つかってたなぁっていう。でもそれが日本のビジネス習慣なので良い悪いの問題じゃないです。アメリカに来たら、そういうことは一切考えなくなった。思ったことをどんどん言える。むしろ言わないとダメですし。それが分かりやすくて良い時もありますし、一方で「いちいち全部言わせるな」と思うときもあります。(笑)世界を相手に戦う以上は、相手の文化をリスペクトできないと話を聞いてくれないですし、良い関係も築けません。もちろん自分が働く環境を選ぶ権利はあると思いますが、置かれた環境でベストの結果を追求する姿勢はプロとして当然でしょう。

ーそれはどのタイミングで気づかれたんでしょうか。まわりの影響も大きいですか?

曽根原 そうですね。周りの影響は大きいと思います。例えばこっちで会議に出ると、皆結構好き勝手に言うんですね。「こいつバカなこと言ってるなぁ」ってことも。日本だと「こいつバカなこと言ってるなぁ」と思っても、口に出さないと思うんですけど、こっちだと本当に口に出すんですよ。(笑)「その考え、違うと思う」って、普通に言うんです。逆に言うとそういう発言をしないと会議の中で自分の存在価値がなくなっちゃうんです。なのでこれはいけないなと思って、ちょっとずつでも何でもいいから会議の中で発言するように仕向けていったってとこはあります。これも自分のスタンダードを押し付けないで、その文化に自分を適応させるということですね。アメフトをプレーするのにサッカーのルールは持ち込まないのと一緒です。

「退路を断つ」ことをしたら、前に進むしかない。

ー日本人って、仕事を批判的に捉える割にそれに対して何も取り組まない人が多いと感じるのですが、それに対してはどう思いますか?

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曽根原 僕は日本人ってもっと出来ると思っています。環境のせいにしたり上司のせいにしたり、自分のことなのに他人ごとにしすぎることがすごく多いと思うんです。それってすごくもったいなくて、もしその人がしかるべき環境におかれたら、本来その人はもっと出来るかもしれないのに、そういうきっかけを自分の中に作れなかったり、上司が導いてあげなかったり、そもそも上司が導くことすら興味がなかったり、そういうのが多すぎるのかなぁと思います。自分のキャリアに対するオーナーシップをもっと意識したほうがいいと思います。



ー環境のせいにもするし、批判する割には主張したいほどの主張がない人が多い気がします。

曽根原 たぶんそういう人たちって、自分の中にある種のあきらめを持っていると思います。何やったって何も変わらないよっていう。そういうのがあるように僕には見えますね。その結果として、おそらく何も考えないような人間になるのではないでしょうか。これっておそらく、自分の中で「逃げ道を断つ」っていうのをやったことがない人なのかなって。要は、退路を断つってことをしたら前に進むしかないじゃないですか。意地でも前に進むために考えないといけない。でないと後ろから迫りくる崖から落ちるしかないので。だけど、とりあえず文句は言っても会社に留まっていれば給料もらえるし保険も年金も払ってもらえるし、不満はあれどささやかな幸せは築けるみたいな。結局そこに落ち着いてブレイクスルーしきれないってことだと思う。いま自分がいる場所が快適すぎて、そこから出たくないってことなんですよね、実は。それはそれで1つの生き方だし悪いこととは思わないけど、一方でそこから出ないと人間は本当の意味で成長しないと思っています。

ー転職をしたいと思ったときに、「自分には何もスキルがない」と思い込んで一歩踏み出せない人がいるのも事実としてあると思います。

曽根原 自分が持っているスキルが、明日他の会社に移ったとしてもすぐに使えるスキルなのか、あるいはちょっと応用すれば使えるようになるスキルになるのか、スキルと一言に言っても色んな種類があると思います。その応用できるスキルをどれだけ自分の中に貯めておけるかが鍵になってくると思うんですよね。でもそういうことに気づいている人って、意外と少ないのかなぁって思ったりしています。

ーそうですね。実は弊社の求人の仕方は、特にキャリアを求めていないんです。それよりは、働くことについての価値観が一緒だったり、この人と働きたいかって思えるかどうかのフィーリング、そういうことのほうが大事だと思っているんです。

曽根原 働く場所での意思決定スタイルと自分の価値観があうか、我々はそれを「カルチャー」って呼んでるんだけど、すごく重要です。僕は仕事上面接官にもなるんですが、どんなに履歴書が美しくても、やっぱり面接を受けにきた人と働きたいかっていうほうがかなり重要で。その人と働くイメージがわかないと、結局採用しないですし。もし仕事を変えたいって考えている人がいれば、その会社にどういう意思決定プロセスがあって、自分がその会社のどこに貢献できるのか、研究したり面接で聞いたほうがミスマッチは防げると思いますね。

ー最後に、働くことについて悩む20代の若い人たちに対してアドバイスをお願いします。

曽根原 悩んでいる時、今これからやろうとしているチャレンジや、取るべき方向性について、自分としてどれだけ覚悟ができるか、追い込まれても逃げずに立ち向かえるだろうか、自分の正直な気持ちを問いかけると良いと思います。悩んでるということは、今自分がやっていることがうまくいってないとか、実は気持ちにゆらぎがあるということなんです。そうなっている以上は、何か別のことをやらなきゃいけない、考えなきゃいけない。でも、ここで自分に対して甘えがあってはいけないんですね。甘えを持った瞬間に、壁って絶対乗り越えれなくなる。自分の中でどれだけ逃げ道を断てるか、その勇気と覚悟を持つことが大事だと思います。ブログにも書きましたが、そういう状態になった日本人って本当にプロとして強いんですよ。ぜひそんな強い日本人がもっとたくさん出てきて、世界を驚かしてしてほしいっていうのが、僕からお伝えできるメッセージです。

(2012.04 シリコンバレーにて収録。聞き手:SCHEMA シレン/ウチノ)

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