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自分らしい「働き方」を見つけた人たちへのインタビュー

Talks #003 /

あえて仕事の幅を確立しない、これ一本で生きていけるという形にはわざとしない。

numabooks : 内沼晋太郎

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PROFILE

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PROFILE

■内沼晋太郎氏とは

新卒で入社した会社を2ヶ月で退職後、千駄木の「往来堂書店」でアルバイトを始める。在職中に本と人との出会いを提供するブックユニット「book pick orchestra」を設立し、2006年末まで代表をつとめる。その後「本とアイデアのレーベル」としてnumabooksを立ち上げ、ブックコーディネイター/クリエイティブ・ディレクターとして多面的な視点からアイデアを提案し続けている。

webサイトhttp://numabooks.com/

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本とアイデアのレーベル「numabooks」代表。ブックコーディネイターにはじまり、クリエイティブ・ディレクターなど多様なアイデアを武器に多岐の活躍をみせている。そんな内沼さんのブックコーディネイターとしての働き方についての考え方をご紹介します。

 

やってみたら世の中に名前のない仕事だった。

ー「ブックコーディネイター」という肩書きをつけるに至った経緯を教えてください。

内沼晋太郎さん(以下,敬称略) 仕事が先か肩書きが先かというと、実は仕事が先にあったんですね。本の面白さを伝える仕事がしたいなと学生の頃から思ってはいたんですが、ブックコーディネイターと名乗り出すより前に、洋服屋さんの本の売り場を作るという仕事が一番最初の仕事としてあったんです。その仕事を見た人がまた別の仕事をくれたり、「何か面白そうなことやってるね」って声をかけてくれる人が増えたりして、少しずつ仕事の範囲が広がっていきました。それ以前から仲間と「book pick orchestra」というユニットを組んでいて、例えば古本を中身が見えないように袋に入れて売るとか、本を使って様々なプロジェクトを行ってきましたが、個人での活動が増えてきたので、それまでずっと一緒にやってきた人間に「book pick orchestra」の代表を代わってもらい、そのときに「この仕事全体に名前をつけなきゃいけないな」って思い始めた。この仕事をするにあたって分かりやすい肩書きが必要だったんですね。それで色々考えて、ブックコーディネイターとつけたという感じですね。

ーブックコーディネイター=内沼さんというイメージを持っている人もいると思います。

内沼 正直に言うと、ブックコーディネイターという肩書きのことは、決してかっこいいとは思っていないんですよね。横文字の肩書きを勝手に作りだしちゃうというのは、やっぱりちょっと気恥ずかしいんですよ。なので最初は単に「本屋です」と自己紹介していたのですが、そうすると相手はいわゆる書店員さんをイメージするので、半分嘘になってしまっているというか、不誠実な自己紹介になってしまう。結果的に、やってみたら世の中に名前のない仕事だったのだから、これは名前をつけざるを得ないと。それでいろいろ考えてブックコーディネーターという肩書きにして、それを名乗っているうちに定着してきた、という感じですね。

ー肩書きには特にこだわっていなけど、セルフブランディングの一環としてブックコーディネイターを名乗られているという感じでしょうか。

内沼 そうですね。ぼくは大学でブランド論を専攻していたので、いま世の中で言われている名ばかりの「セルフブランディング」にはとても違和感を感じますが、自分の活動の見せ方にブランディングの考え方を取り入れているという自覚はもちろんあります。

ーブックコーディネイターという他にはない肩書きを名乗ったときのメリット、デメリットはなんでしょうか。

内沼 良い面としては、「自分で決めた領域なのでいつでも広げたり狭めたり出来る」ということです。例えば僕のことを「洋服屋さんの本のセレクトをする人」と思ってくれている人もいれば、「小説とコーヒーを一緒に出す文庫本セットを考えた人」って覚えてくれる人もいる。でも「本を選書する」ということと「本との出会い方を考える」ということって、仕事の種類としては結構違うんですよね。でもブックコーデイネイターという肩書きは自分で決めたものなので、僕が「それらすべてがブックコーデイネイターの仕事です」といえば、それはどちらもブックコーディネイターの仕事だということになるんです。いまは「本と人の間にあるものを作る仕事です」と説明しています。僕の仕事の領域が増えていっても、本と関係ある限りはブックコーディネイターという仕事はこの領域も含まれてるんですよって言える。仕事を説明しやすくしてくれて、かつその幅を自由自在に伸縮できるというのは、メリットだと思いますね。

ー仕事の領域をコントロール出来るというのは面白いですね。では逆にデメリットはありますでしょうか。

内沼 先ほども申し上げたとおり、ちょっと気恥ずかしかったり、あるいは少し胡散臭くなってしまうところでしょうか(笑)。でも、メリットとデメリットがあると分かった上でやってるんですね。僕の場合はたまたまオリジナルな肩書きをつけることのメリットのほうが大きかったのでおそらく今後もしばらくはブックコーディネイターと名乗りますが、何か新しい領域の仕事を作ったからといってオリジナルな肩書きをつけるべきかというと、それは場合によるということは伝えたいです。一般論としては、つけなくても済むなら、つけないほうが良いと思いますね。

仕事の幅を確立してしまうと、本来自分のやりたかったことから遠ざかることになる。

ーさきほど仕事の領域は自分で大きく出来るとおっしゃいましたが、実際に抱えている仕事の量だったり、仕事の仕方に何かルールがあったりしますか?

内沼 僕の場合は、仕事は自分一人で見れる数しかやってないです。かつ、本の売り場を作るとかライブラリを作ることが本業だとしたら、常に「その他の仕事」をやっていないと気が済まない。「これをやったらいくら」というのが決まっている仕事でもないので、ポートフォリオを組んでリスク分散をして、自分が食べていける形を流動的に作り続けている感じです。あえて仕事の幅を確立しないというか、これ一本で食べていけるという形にわざとしていない。仕事の幅を確立しちゃうと、本来自分のやりたかったことから遠ざかることになるんですよ。たとえば本棚のディレクションをいわゆる事業としてスケールさせようとするなら、自分以外のスタッフにも自分と同じ仕事ができるようにしたり、一連の仕事の中身を共通のモノサシで切り分けて分業できるようにしたりして、サービスをそれなりにパッケージ化して売ったり、軌道に乗せたらある程度はほうっておいても定期的に収入が入ってくるようなスキームをつくったしないといけないじゃないですか。そうやって本棚を量産していくことは、僕はあまりやりたくない。僕はいつもなるべく違うことをしていたいと思っているんです。

ーあえて仕事の幅を確立しないことに関して、もう少し詳しくお聞き出来ますか?

内沼 もちろん、仕事としてその品質を保証するには、経験が重要ですよね。だから、いくら「いつもなるべく違うことを」といっても、いきなりまったく違うことはできない。だからやったことあることを、ちょっとずつずらしていくんですよ。例えば、いきなり僕がお菓子屋さんを作るのは無理だと思うんですけど、とりあえずお菓子屋さんと一緒にお菓子と本が置いてあるお店を作りましょうというのは、今までの経験を応用することでできますよね。そのお店を一緒にやっていくうちに、お菓子屋さんのことも少しずつわかるようになってくる。そのうちいずれ、お菓子屋さんをプロデュース出来るようになるかもしれない。しかもそこに本屋の視点や、これまで一緒にやってきたアパレルや雑貨屋やCD屋の視点も持てるので、同じお菓子屋さんをつくるにしてもほかとは違ったアプローチができるかもしれない。もちろん現実はこう簡単にはいきませんが、こういう風にちょっとずつ仕事をずらしていくことで幅を広げていけば、全然違うところにたどりつける可能性がある。少なくとも僕は、そういう働き方のほうが自分に向いていると思っています。

ー常に本業以外の仕事も積極的にやっているとのことですが、内沼さんの働き方は「お金をもらわない仕事」と「お金をもらう仕事」の2つの軸があるように思います。この2つのバランスをどのように考え、コントロールされているのでしょうか。

内沼 必ずどちらも平行してやるようにしています。「お金をもらわない仕事」をやり続けることの重要性については、3年前に書いた『本の未来をつくる仕事/仕事の未来をつくる本』(朝日新聞出版)という本に書いたのでぜひそちらを手にとっていただければと思うのですが、世の中にあるもののほとんどは採算が取れているので、採算を度外視した瞬間に、今まで世の中になかった新しいものをつくることができる可能性がぐっと増える、と考えています。フリーランスにとって特に大切なのは、毎月レギュラーの仕事を持つことですね。レギュラーの仕事で最低限の収入を確保しつつ、単発の「お金をもらう仕事」と「お金をもらわない仕事」とを平行して行い、かつそれらで得た経験をレギュラーの仕事にフィードバックする、というのが理想的なあり方だと考えています。

何に怯えていてるのか、漠然とではなく具体的に書き出してみるといいと思う。

ー世の中から求められている仕事内容と、自分のやりたい仕事内容はきちんと重なっているものなのか、もしくは重なっていないけどやっている部分があるのかをお聞きしたいです。

内沼 例えば以前に青山のスパイラルカフェで、コーヒーと文庫本を一緒に出す「文庫本セット」という企画をやったことがあります。実はこれ、僕がスパイラルさんに持ち込んだ企画なんですね。つまり最初は「お金をもらわない仕事」だった。単純に僕が自分のプロジェクトとして面白そうだからやりたくて、スパイラルさんもそこに共感してくれてやり始めたところ、メディアが取材してくれたり多くの反響があったんです。それでその企画が終わった後、スパイラルさんから「もう一回やってくれませんか?」と依頼が来たんです。今度は予算もつけるから、と。それで言うと、この瞬間が僕のやりたいことと世の中に求められていることが重なった瞬間ですよね。最初はだいたい重なってないんです。だから自分で、自分のお金でやる。でもそうやって作ったものがこれまで世の中になかった新しいものだったりすると、僕のことを面白がってくれて別の仕事をくれる人が現れたりする。そういう感じでやりたいことと求められていることが少しずつ重なっていく、あるいは自分で重ねていくのだと思います。

ー現代の働く若者には、終身雇用に期待をしたり、企業に属さなければならないという意識はあまりなく、だからこそノマドワーカーや起業する人が増えているのだと思います。内沼さんは今よりももっと早い段階から、企業に属さない、安泰が優先ではないなどの働き方で働かれていたと思うのですが、それで受けていた良かったことなどはありますか?

内沼 早くからこの働き方をしていたから良かったこと、というのは特に思いつかないのですが、結果的にまわりの人たちより若かったというのはあります。同じ業界でフリーになるなら、仕事を辞めるまでの人脈や経験が生きてくると思うんですが、でもやっぱり会社員からフリーになったらやることのレベルも変わるので、フリーになった年がいわゆる「1年目」じゃないですか。ぼくは31歳ですが、もうこの働き方で9年目とかですから、この働き方についての勘みたいなものが人より働くというのはあります。この人は向いていそうという人には、どうやったらうまく行きそうかといったアドバイスもできる気がしてきたので、少人数制の私塾みたいなものも準備中です。単純にストレスが大きい社会になってきてるからそのストレスから逃れるためにノマドとかフリーランスを選択するという流れがあるとすると、単に僕がストレスに弱すぎたというだけかもしれませんが(笑)、この働き方を志向する若い人が増えているなら、その役に立てればいいなと思っています。

ー一歩踏み出せない人たちの中で、会社員をやっていかなきゃいけないなどの固定概念を取り払えないのって、親やまわりの体裁を気にする人たちが多いような気がしています。そんな人にかける言葉はありますか?

内沼  実は僕は大学生の頃に一回大きな病気をしていて。そのとき医者に「就職とか出来ないよ」って言われたんですね。結局はぜんぜん就職できたんですけど、そのときにいわゆる「普通の幸せ」みたいなものが、実際は幻想だということに突然気がついたんです。ごく当たり前の「人間いつ死ぬか分からない」って話なんですけどね。一歩踏み出せない人は、皆何に怯えていてるのか、漠然とではなく具体的に書き出してみるといいと思いますよ。将来が不安って言うけれども、一体何が不安なのか。定期的な収入がなくなることが不安なのか。本当に会社にいたら将来はずっと不安じゃないのかとか。実はどっちにいったって大差ないことなのかもしれない。会社にいたって会社が守ってくれるわけじゃないですし、どちらにしても簡単に死にはしない。死ぬこと以上の恐怖がないとすれば、いずれ死ぬまでの限られた時間の中で、死ぬこと以下の漠然とした不安によって迷い続けて結局何もできないというのはナンセンスというか、端的に損じゃないですか。自分の頭で徹底的に考えたときに、僕にはその会社にいる意味が全然なかった。親やまわりの体裁をっていうのはそれ以上にどうでもいい問題で、自分の親の世代だって、結局その親の世代に反抗してきたんですよ。自分の人生なので、自分で決めるのがいいと思います。

「やりたいこと」よりも「なりたいイメージ」を考えよう。

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ー内沼さんは30代になったばかりですが、20代の働き方と30代の働き方って変わってきてるかどうかお聞きしたいです。

内沼  僕に関して言えば、全然変わらないですね。20代前半、会社を辞めてすぐの頃から、荒川区に築50年で50㎡ほどある5.5万円のアパートを、何人かで家賃を出し合って借りていました。僕が管理人として数部屋あるうちの一部屋に住んでてその他の部屋はオープンスペースにしていて、そこに友達が来て500円で泊まれるようにしてたりして。当時「book pick orchestra」でやっていたネット古本屋の在庫を本棚に並べてシェアしながら、毎月パーティをやってそこで得た収益を家賃の足しにしたり、余った食材を自分の生活に充てたりしていました。論文書きに泊り込む学生がいたり、アーティストが制作のためのスペースにしたり、とにかくいつも誰かいる家でした。当時は「オルタナティブスペース」っていう言葉が少し流行ったりしていて、定義も曖昧だったので、ぼくらもそう呼んでいました。今はソーシャルメディアによって格段にそういうことがやりやすくなったけど、当時からウェブサイトとか掲示板とかメーリングリストとかツールはたくさんあったし、はやりの言葉が変わっても、働き方とか暮らし方についての感覚は、そのときからあんまり変わっていないなと思います。

ーそういう意味では本当に先駆けですね。

内沼 いえ、インターネットの恩恵を受けているという意味では最初の世代かもしれませんが、でも実際はそういう文化ってぼくらよりずっと上の世代から、脈々と続いているんですよね。手塚治虫ら漫画家が集まっていた「トキワ荘」だって、今の言い方で言えば「シェアハウス」だし「コワーキングスペース」じゃないですか。単に歴史は繰り返していて、それを支える情報技術が発達しているだけなんですよね。

ーでは最後に、「やりたいことをやればいい」と言われたときに、実は何も出てこない、立ち止まってしまう。そういう状態になってしまう人が意外と多いと思うんですね。そういう人たちに内沼さんから何か伝えたいことはありますか?

内沼 さきほど話した3年前の著書に、「やりたいこと」よりも「なりたいイメージ」を考えようって書いたんですね。「この人と仕事してみたい」とか「こういう人たちとこんな風に暮らしている毎日がいいな」とか、そのくらいのことでもとりあえず良いと思うんです。それがイメージできたら、そこから逆算して「そのためには今なにをしたらいいのか」を考えていく。その細部をイメージする力はいろんな経験をつめばつむほどついてくるので、まったく思いつかない人はまずはとにかく偶然の赴くまま、流されるように色々やってみるのがいいと思います。そこが浮かんでしまえば「じゃあその人と仕事するには何をしたらいいだろう」とか広がっていけるので。あの人ちょっと憧れるよねって思ったら、そうなるためにはどうしたらいいか考えようっていう、実はもっとラフに考えて良かったりするんですよっていうのをお伝えしたいですね。

(2012.05 IID世田谷ものづくり学校にて収録。聞き手:SCHEMA シレン/ウチノ)

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